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広島地方裁判所呉支部 昭和29年(ヨ)20号 判決

申請人 呉メリヤス株式会社

右代理人 泰野楠雄

被申請人 東長丸

右代理人 辻富太郎

主文

申請人会社が金十万円の保証を立てることを条件として次のように定める。

呉市元町六十三番地家屋番号九十八番の二木造鉄板葺平屋建工場一棟建坪七十一坪八合七勺五才に対する被申請人の占有を解いて申請人会社の委任する広島地方裁判所呉支部執行吏にその保管を命ずる。

執行吏は現状を変更しないことを条件として申請人会社に対し右建物を使用させることができる。

訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

申請人会社代理人は「呉市元町六十三番地家屋番号九十八番の二木造鉄板葺平屋建工場一棟建坪七十一坪八合七勺五才に対する被申請人の占有を解き申請人の委任する広島地方裁判所呉支部執行吏にその保管を命ずる、執行吏は申請人をして右建物を使用せしめることができる」との判決を求めその理由を次のとおり述べた。

一、申請人会社は被申請人に対して昭和二十七年四月二日呉市元町六十三番地家屋番号九十八番の二木造鉄板葺平屋建工場一棟建坪七十一坪八合七勺五才(以下本件建物と略称する)につき期限を定めず権利金十万円、賃料一ヶ月金一万五千円この支払期毎月一日その月分を前納すること、若し二ヶ月以上滞納の場合はその理由の如何に拘らず無条件で本件建物を原状に復して返還する約束で賃貸した。

二、然るに被申請人は同年八月分までの賃料はこれを支払つたが、同年九月より昭和二十八年二月まで六ヶ月分の賃料合計金九万円を延滞したので申請人会社は被申請人に対して同年二月九日附の書留内容証明郵便を以て同月十七日までに右延滞賃料を支払うべく若し右期日までに支払わないときは右賃貸借契約を解除する旨を通知したが、被申請人はその支払いをしないので右賃貸借契約解除の効果が発生し申請人会社より本件建物の明渡を求めたが更にこれに応ずる気配がないので申請人会社は右賃貸借契約の解除をその原因とし昭和二十八年二月二十日広島地方裁判所呉支部に被申請人に対する本件建物明渡請求の本案訴訟を提起した。その後申請人会社は訴外株式会社中国銀行が呉市内に支店を設置するからとの懇望により、本件建物を他の必要な土地及び建物と共に同年六月十日同銀行に売渡し同日その所有権移転登記だけはしたが本件建物は被申請人の占有にかかるを以て未だにこれが引渡をすることができない。

三、そして右本案訴訟はその後二回口頭弁論が開かれ申請人よる申出の証拠調は全部完了しているが、被申請人は度々期日の延期を求め提訴以来一ヶ年になんなんとするのに未だに結審に至らない。

四、前記の如く、被申請人は昭和二十七年九月以降昭和二十八年二月までの賃料及び同年三月以降今日までの賃料に代る損害金を支払わないばかりでなく、申請人会社に本件建物を返還しないので申請人会社は中国銀行に対してこれが引渡をすることができない、(但し申請人より右中国銀行に対する右建物の引渡期限は昭和二十八年八月末日限りの約束であつた)。従つて同銀行においては呉支店新築の施工は勿論その基礎工事すら未だに着手することができない実情で多大の損害を蒙るおそれがあるばかりでなくこれに伴う申請人の蒙る損害も亦逐日増加する一方である。しかも被申請人は申請人会社が本件賃貸借契約違反を敢てしているからその契約を解除する旨の意思表示をなしていると共に現在本件建物の使用をなさず殆んど空屋同様に放置している実情であるから防火上の見地からしても申請人会社は日夜不安を増すばかりである。

五、以上の次第であるから申請人会社は本案訴訟の判決も遠からずなされることと思うがその確定をまつていては申請人会社並に訴外株式会社中国銀行の蒙る損害は逐日増加しついに回復することのできない現情であるから前記の如き仮の地位を定むる仮処分を求める。」

疏明として甲第一乃至第四号証、同第五第六号証の各一乃至四、同第七第八号証を提出し、証人横山満夫、同勝岡英一の各尋問を求め、乙第一号証の成立を認めた。

被申請人代理人は本件申請を棄却する旨の判決を求め答辯として次のとおり述べた。

「申請人会社の主張する事実のうち、本件建物の賃貸借契約の成立、家賃の支払及び催告の事実並に申請人会社において昭和二十八年六月十日本件建物を訴外株式会社中国銀行へ売渡し同日その所有権移転登記をなしたことはいずれもこれを認めるがその余の事実はすべてこれを争う。

右の如く申請人会社が本件建物を訴外中国銀行へ売渡した以上本件建物はもはや申請人会社の所有ではない、されば申請人会社は本件建物につき何等の権限もないのであるから本件建物について保全すべき権利はない。従つて本件申請は全然理由がない。又被申請人は本件建物につき留置権を有してこれを占有することを主張するのであるから他にこれを転貸して占有を喪失することはない。けだし留置権は占有の喪失に因り消滅するからである。従つて仮に申請人会社が本案訴訟において勝訴してもその明渡に何等の支障はない。のみならず被申請人は物権である留置権を主張するものであること前記のとおりであるから、右明渡の仮処分をうければ本案の訴訟に敗訴したのと同一の結果を招来するし、別訴で請求している買取請求権の担保を失うことになる。よつて本件申請は理由なきものである。」

疏明として乙第一号証を提出し、甲第七第八号証は不知、その余の甲号各証の成立は認めると述べた。

理由

被申請人が申請人会社主張の本件建物を期限を定めず賃料一ヶ月金一万五千円、右支払期毎月一日その月分を前納すること、若し二ヶ月以上滞納の場合は無条件で本件建物を原状に復して返還する約束の下に賃借したこと、被申請人は昭和二十七年九月より昭和二十八年二月までの賃料を延滞した為申請人会社は被申請人に対し、同年二月九日附の書留内容証明郵便を以て同月十七日までに右延滞賃料を支払うべきことを催告したことは当事者間に争がない。

而して成立に争なき甲第二号証、第六号証の一乃至四及び辯論の全趣旨を綜合して考えると、昭和二十八年二月十七日の経過と共に本件建物の賃貸借契約は解除され、被申請人は申請人会社に対し本件建物を返還する義務を負うに至つたことを窺うに足りるのである。右認定を左右するに足る資料はない。

次に申請人会社において本件建物を同年六月十日訴外株式会社中国銀行へ売渡したことは当事者間に争がないが、被申請人は申請人会社が右売渡によつて本件建物の所有権を失つたことによつて本件建物を保全する権利がなくなつたものであると主張するが、申請人会社は右の如く本件建物の賃貸借が終了した事実にもとずいて賃貸人として本件建物の返還を求めており引続きその所有権を保有することを前提としないばかりでなく被申請人において本件建物に関し留置権を有するとの主張事実についてはこれを疏明しないところであるから申請人会社は本件建物の明渡を求める権利を有することが認められる。

よつて申請人会社の求めるような仮処分の必要の有無につき検討すると、証人横山満夫、同勝岡英一の証言によりそれぞれ真正に成立したものと認められる甲第七、第八号証並証人横山満夫、同勝岡英一の各証言を綜合するに、申請人会社は本件建物を訴外株式会社中国銀行に売渡した上昭和二十八年八月未日までにこれを引渡す約束であつたところ、被申請人は申請人会社が前叙の如く賃貸借契約を解除したにも拘らず本件建物を申請人会社に返還しない為、申請人会社はこれを訴外中国銀行に引渡すことができないばかりでなく被申請人は昭和二十七年九月以降月一万五千円の家賃及び損害金を申請人会社に支払つていない。しかも被申請人は目下本件建物を事実上使用せず施錠したまま空屋同様の状態にしており管理人も番人も置いていないので火災の場合等には極めて不安であるし、屋内には電話が設置されているのにこれを利用することもできないことが一応認められる。そうだとすれば訴外中国銀行は新築の基礎工事等に着手するについて本件建物が現状のまま放任される限り多大の支障を蒙る虞れがあり、これに伴つて本件建物を訴外中国銀行に引渡すべき義務を有する申請人会社の損害も逐次増加し相当高額に達するに至ることは推認するに難くない。

被申請人は本件建物に関し留置権ありとしそれ故にこれを他に転貸する等その占有を喪失することはあり得ないから仮に申請人会社が本案訴訟において勝訴してもその明渡に支障なき旨主張するけれども、前記の如く被申請人において本件建物を現に使用せず且つ管理も不十分である実情に鑑み、被申請人が本件仮処分をうけることによつて生ずる損害の程度に比し申請人会社が本件仮処分によつて避けようとする損害が遙かに大きいものといわなければならない。

よつて申請人会社の前記著しい損害を避ける為本件建物を申請人会社の委任する執行吏に保管を命じ、且つ現状の不変更を条件として申請人会社に対し本件建物の使用を許可する仮処分の必要あるものとする。それ故申請人会社に対し金十万円の保証を立てることを条件として本件申請を認容すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西俣信比古)

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